植物の栄養素
植物の栄養素は無機物です。窒素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)の三大要素のほか、カルシウム、マグネシウムなどの微量要素も必要です。なかでも、植物が発芽、生育するのに不可欠なのが窒素で、土壌内の有機物が微生物によって分解されるときに発生します(地力窒素)。この分解が行われるには、一定の土壌温度が必要です。
近代農法では、有機物が未分解で、地力窒素が発現されていない低温期においても、化学肥料によって播種や定植を可能にしてきました。いっぽうで、無肥料や有機質肥料を用いた栽培は、気温や地温の影響を直接的に受けるため、適温にならなければ播種も定植もできません。伝承農法では、播種などの適期を正確に知る必要があり、そのための方法が、生物指標の利用です。
たとえば、カッコウやツツドリは初鳴きで配偶者を求め、交尾後、他の巣に産卵します(托卵)。托卵するため、托卵先の雛の餌が繁殖する時期まで推定して、初鳴きすると考えられています。こうした生態を利用して、北海道や東北地方では、これらの初鳴きをダイズの播種期やジャガイモの定植期の目安としてきました。
農法を理解する 「自然農法」、「有機農法」、「伝承農法」
自然の仕組みを活用する「自然農法」
農薬と化学肥料を用いず、地域に適応した種苗の育成、土壌や気候条件に合わせた適期・適地作、周辺の生物生態や物質循環の利用など、自然の仕組みを最大限に活用して栽培する方法
化学肥料に頼らない「有機農法」
自然を観察し、規範とする有機農法は、化学肥料に頼らず、自然環境や生態系と調和した栽培を目指す農法です。
農家の経験が活かされた「伝承農法」
伝統野菜などに残る伝承農法は長い年月をかけて、農家の方々が経験を基に試行錯誤しながら作り上げた農業技術のことで、生産された農産物が伝統食や地域の文化を生んできました。伝承農法は大きく分けて、生物指標、自然指標、品種、栽培方法、雑草管理、苗作りの6つに分類でき、農事暦、ことわざ、掟、魔除けなどとして継承されてきました。 伝承農法の一部は科学的に解明あるいは利用され、農業技術の開発や新品種の育成に活用 されてきました。しかし、昭和36年(1961年)、農業基本法が制定されて以降、機械化、大規模化が進められ、農業が大きく変化していく中で次第に忘れ去られ、一部の伝統野菜や加工農産物に残るのみとなりました。
病害虫に強い農法 生態系を重視
自然農法、有機農法、伝承農法とも農薬と化学肥料はほとんど用いません。病害虫の発生 と肥料には正の相関関係があり、多肥は病害虫に弱く、少肥は病害虫に強くなることから、自然農法、有機農法、伝承農法は病害虫に強い農法と言えます。
病害虫に強い農法
生態系を重視する農法
自然農法、有機農法、伝承農法とも農薬と化学肥料はほとんど用いません。病害虫の発生と肥料には正の相関関係があり、多肥は病害虫に弱く、少肥は病害虫に強くなることから、自然農法、有機農法、伝承農法は病害虫に強い農法といえます。
また、 自然農法、有機農法、伝承農法は自然生態系を重視する農法であるため、土壌中の小動物や微生物、飛来する昆虫など生物の多様性 が維持され、病害虫など特定の生物が優先して繁殖することを抑制しているものと思われます。
土壌微生物の大きな役割
分解菌、共生菌、病原菌、その他の微生物
10 a(1000㎡) の作土(作物の栽培に利用される土)は約100tといわれ、この 土の中には700kg前後の生物が生息しています。内訳は、細菌が140~175kgで 数が7京(7万兆)、糸状菌が490~525kgで長さが6500万 km(月までの距離の170倍)、小動物が35 kgです。
土壌微生物は、有機物を分解する分解菌、野菜の根に共生する共生菌、野菜に病気を発生 させる病原菌、働きの不明なその他の微生物に分けられます。・易分解性の糖類、ペクチン、タンパクの分解を第1次分解(軟腐敗)といいます。
・セルロースやキチンが分解されるのを第2次分解(褐色腐敗)
・難分解性のリグニンやタンニンが分解されるのを第3次分解(白色腐敗)といいます。
・第1次分解が2~3週間、第2次分解が3週間~3ヵ月、第3次分解が3ヵ月~3年
畑に施用される堆肥は第2次分解が済んだ有機物です。
畑に施用されてから2~3年で完全に分解されます。
一部は粘土鉱物と結合して腐植となりますが、ほとんどは水、炭酸ガス、窒素ガス、灰分 に分解されます。
菌根菌
植物の根は、生育に必要な水や養分を土から吸収する重要な役割を果たしています。その根には、ある種の菌類(カビ)が共生していて根の養分吸収を助けています。この菌類のことを「菌根菌(きんこんきん)」と呼びます。実に陸上の8~9割の植物種には、「菌根菌」が共生していると考えられています。
菌根菌は、野菜からエネルギー源として炭水化物の供給を受け、土壌中からリン酸やミネラルを集め野菜に与えるなど、野菜類と菌根菌は共存・共栄の関係にあります。菌根菌は 一般的な土壌微生物との競合には弱い菌であるため、有機物が豊富で微生物活性の高い土壌には繁殖できません。
また、肥料や農薬が多投入された圃場では繁殖しがたい傾向にあります。そこで、菌根菌 を活性化するためには、栄養分をほとんど含まず、一般的な土壌微生物が繁殖しにくい資材を用います。資材としてよく用いられるのは、炭やくん炭です。木材やモミガラを焼い たもので、栄養分はほとんど含まず、熱で殺菌されているため、微生物もほとんどいませ ん。さらに、燃焼しやすい部分が燃え、燃えにくい部分が残った多孔質であるため、競合 に弱い菌根菌のシェルターになります( 図 4‐5)。
炭やくん炭は、10㎡あたり4kg以下であると効果は発現せず、15 kg以上であると障害を発生させます。このため、10㎡あたり4~15 kgを土によく混和します。こうする と、菌根菌は競合する微生物が多い場合や野菜が生育していない時期は炭を棲み処(シェルター)にし、競合が少なくなると野菜と共栄関係を結びます。菌根菌が共栄した野菜類 はリン酸やミネラルの供給を受けて生育が促進されます。また、菌根菌の刺激で病害虫に対する抵抗性が誘導されます。
窒素固定菌
窒素固定菌とは、大気中の窒素を取り込んで有機物に変える微生物です。野菜類と共生する窒素固定菌にはダイズ、インゲンマメ、クローバー、クロタラリアなどのマメ科の根に 共生する根粒菌、水稲の組織内や根面に共生するハーバースピリラムやアゾトバクター、ハンノキやヤマモモに菌根を作る放線菌の一種であるフランキュア、サツマイモやサトウキビの組織内に共生するアゾスピリラム、木質を餌とするシロアリや 甲虫類の腸内に共生する細菌類などが知られています。
根粒菌
マメ科の根に共生するのが根粒菌です。窒素固定菌の多くは野菜類と相利共生(互いに助けあう関係)ですが、根粒菌はマメ科の細胞と共生器官を作り(バクテロイド)、空気中 の窒素を植物が利用できる形(有機物)に固定して植物に供給します。また、植物は炭酸 ガスを同化した炭水化物を根粒菌に与えるなど、マメ科と根粒菌は共存・共栄の関係にあります。根粒菌は宿主特異性が強く、ダイズの根粒菌はダイズにのみ共生し、他の豆類には共生できません。また、宿主特異性は品種によっても異なるといわれ、同じマメの種類 でも品種が異なると共生できないことが知られています。
根圏微生物
植物は根から養分や水分を吸収しますが、同じように老廃物もまた根から排泄します。 排泄された老廃物は根の周囲に生息する微生物(根圏微生物)によって分解され、再び 植物が利用できる形に変換されます。このように、根圏微生物は生態系(田畑)における 物質循環の大きな役目を担っています。細菌、放線菌、糸状菌などの微生物が根圏に繁殖 し、いちばん数が多いのは細菌類であり、植物の健全生育に大きな役割を担っています。 植物の根から排泄される物質は微生物や小動物の餌となりますが、逆に微生物や小動物の 生育を抑える働きもあります。植物の種類によって、根から排泄される物質は異なり、排泄物を分解して利用できる根圏微生物も植物の種類によって異なります。
自然生態系では、植物によって生産された有機物が、鳥や昆虫などによって餌として消費 される量は少なく、枯れるなどしてから土壌動物によって分解される量がほとんどです。 土壌動物は有機物の第1次分解者として、大きな役割を担っています。同じように農地生態系においても、土壌動物は収穫残渣や投入された有機物の重要な第1次分解者と考えられます。このため、有機物の施用は、野菜だけでなく土壌動物に餌を与えて育てることにもなります。未熟な有機物の大量投入はコガネムシの幼虫やネキリムシなど野菜の害虫の 餌にもなり、益虫ばかりでなく、害虫を発生させ、野菜類に被害を与える場合もあります。害虫は野菜を食害する能力があるため、未熟な有機物を好み、益虫は腐植を餌とする ため、完熟した有機物を好みます。有機物は熟度や量に注意して施用する必要があります。
野菜の分類
アブラナ科野菜(キャベツ、ハクサイ、ダイコン、カブ、コマツナ)
アブラナ科野菜は、ほとんどが地中海沿岸原産で、秋に発芽し、冬期間に生育し、春に開花する二年草です。他殖性(異なる株の花粉で受粉し、自身の花粉で受粉できない性質)であるため、交雑種が数多くあります。根圏微生物を共生し、多くの植物に共生する菌根菌(植物の根に共生する微生物。第4章参照)は共生しません。吸肥力が強く、有機質が多い肥沃な土壌を好みます。連作畑では、完全寄生菌のプラズモデオフォーラ菌による根こぶ病が発生し、大きな被害を受けます。
ウリ科野菜(キュウリ、スイカ、カボチャなど実物野菜)
ウリ科野菜の原産地は中央アメリカ、インド、アフリカなどに分散していますが、比較的高温を好み、多くは一年草です。雌雄異花(雌花と雄花に分かれている)が多く、他殖性です。つる性で浅い位置に根を伸ばし、水を好みますが、過湿を嫌いますので、水はけのよい土壌条件を好み ます。アンモニアに弱く、未熟な堆肥を嫌い ます。またカリウム肥料を好み ます。連作畑ではネコブセンチュウが発生し、大きな被害を与え ます。
ナス科野菜(ナス科はナス、ピーマン、トマトなど実物野菜とジャガイモの根物野菜)
ナス科野菜の原産地は中央アメリカ、南アメリカ、インドなどに分散し、生育環境はナスの高温・多湿からジャガイモの低温・乾燥まで大きく異なります。自殖性(自分の花粉で受粉する性質)が強く、交雑することはほとんどありません。水を好みますが、葉への降雨は過繁茂や病害の発生原因となり ます。ジャガイモ、トマトは貧栄養でも育ち、ナス、ピーマンは高栄養を好みます。また、ナス科野菜はカルシウムを好み ます。連作畑では細菌のラルストニア・ソラナセアルム菌による青枯病が発生し、大きな被害を与えます。
ユリ科野菜(ネギ、タマネギ、ニラなどの葉物野菜)
ユリ科野菜の原産地は地中海沿岸、ヨーロッパ、東南アジア、中国などに分散しますが、比較的冷涼な気候を好み、多年草や二年草が多くなります。タマネギやネギなどの実生繁殖系(種から育てる)は他殖性であるため、交雑種が数多 あります。単子葉であるため、アンモニアを好み、未熟な有機物でも育てることが でき ます。 また、根に菌根菌が共生するため、荒れ地でも生育できます。ネギ、タマネギ、ニラなどの葉物野菜がユリ科に属します。
野菜ごとの肥料
野菜の種類によって、肥料成分の要求が異なります。
・ホウレンソウ やコマツナなどの葉物野菜は、窒素肥料を好むので、有機質肥料では、菜種油粕や大豆油粕を施用します。
・キュウリやスイカなどの、つる性の野菜類はカリウムを好むため大豆油粕を施用します。
・イチゴやナスなどの果菜類はリン酸を好むため魚滓を多めに施用 します。
また、根の深いナスやホウレンソウは、深い位置、根の浅いキュウリやイチゴは浅い位置に施用します。
②ボカシ肥料の使い方
有機質肥料の肥効を速めるためには、少し発酵( ボカシ)してから用います。発酵方法は、野菜の種類、施用の時期などによって、多少異り ます。有機質肥料は微生物の働きによって分解さ れ、アンモニアになり、次に硝酸に変化します。
・ネギ、ニラ、タマネギなどの単子葉野菜類は、アンモニアを好むので、やや生で施用します。
・キュウリ、トマト、コマツナなどの双子葉野菜類は硝酸塩をむので、ボカシ(硝酸に変化してから)を施用します。
・特にメロンやキュウリは、アンモニアに弱いため、生の有機物を与えることは禁物 です。
③施用方法によって異なる有機質肥料の肥効
有機質肥料は、微生物に分解されてはじめて、野菜が肥料として吸収することができます。このため、前述のように、発酵( 分解)させてから用いると速く肥効が発現します。また、発酵、未発酵にかかわら ず、施用方法によって、土壌微生物の働きが異なるため、肥効も異なります。有機物の分解には酸素を必要としますので、酸素が多いと速く、少ないと遅くなります。また、微生物によって分解されますが、微生物 活性は有機物が多いと高くなり、少ないと低くなります。すなわち、酸素の供給が少ない深い位置や、微生物活性の低くなる全層施用は肥効 が遅く、長くなり ます。逆に酸素が多い土壌表面や、微生物活性が高くなるすじ状やツボ 状 施用は肥効が速く、短くなり ます。有機質肥料 は 、A-1のような順番で肥効を発揮します。このため、元肥は全層に混和して肥効を長く、追肥は表層にすじ状あるいはツボ状に施用して肥効を速め ます。
A-1
生を地中深く施用<生を全層に混和<ボカシを全層混和<生を表層施用<ボカシを表層施用<生をすじ状あるいはツボ状施用<ボカシをすじ状あるいはツボ状施用
水分管理は野菜によって異なる
乾燥する土地に自生する植物にとって、水分の確保は生死を分ける重要な課題です。逆に、湿潤な土地に自生する植物にとって、水分は多すぎるか、むしろやっかいな存在でもあります。乾燥地に自生するスイカは根を深く伸ばし、水分の蒸散を抑える茎葉の構造があり、湿潤地に 自生するサトイモは、親芋の上に小芋を作って根を浅く伸ばし、葉は水をはじく性質があるなど、植物は自生地のさまざまな条件に適応して 進化してきました。田畑には、砂地のように水持ちの悪い圃場、重粘土のようにまったく水が浸透しない圃場などがあります。この ため、自生地の土壌条件に合わせるため、根の深いゴボウ、ナスなどの野菜は深耕、根の浅いキュウリ、トマトなどの野菜は根を守るワラや枯れ草などの敷き料、湿潤を嫌うジャガイモ、サツマイモ などの野菜は明渠や高畝による水はけ等の対策が必要となります。
土作りは、野菜の種類や栽培地域によって変える
①野菜の種類
・ナス、オクラ、スイカ、ゴボウなどは深い位置に根を伸ばし、トマト、イチゴ、キュウリ、メロンなどは浅い位置に根を伸ばし ます。
・サツマイモ、ジャガイモ、ヤマイモなどは有機物を嫌い、キャベツ、コマツナ、シュンギクなどは有機物を好み ます。
・ネギ、 ホウレンソウ、 ビート、 ムギ は多肥を好み、豆類、サツマイモ、ジャガイモ、サトイモは肥料をほとんど必要としませ ん
・ネギ属など単子葉野菜は、未熟(未発酵)な肥料を好み、ウリ類など双子葉野菜は完熟(発酵)を好み ます。
・コンニャク や サトイモは厚い覆土を好み、ラッキョウ、ジャガイモは厚い覆土を嫌います。
・この よう に、野菜によって、土の好みは異なります。このため、耕す深さ、有機物の熟度や施用量、有機質肥料の種類など野菜の種類に合わせた土作りが必要になります。
木嶋利男. 伝承農法を活かす家庭菜園の科学 自然のしくみを利用した栽培術 (ブルーバックス) (Kindle の位置No.546). 講談社. Kindle 版.